さて、今回は高橋留美子「うる星やつら」のことを書こうと思っていたのですが、そのためには、先に当時のまんがの状況に触れておく必要がありそうです。前回はＳＦのおかれた状況論のようなことを書きましたので、今回はまんがの状況について書いてみます。

　右の写真は、「Ｐｅｋｅ」というマニア向け月刊まんが雑誌です。７８年に創刊されて、６号ほどで休刊になりました。この雑誌の母体となったのは「ＯＵＴ」という月刊誌です。
　本当は「アニメージュ」を取り上げた時に、先行していた「ＯＵＴ」や「ランデヴー」などの「みのり書房の雑誌」も紹介すべきだったし、さらには「ファントーシュ」とか「ＦＩＬＭ１／２４」などにも触れる必要があったのですが、なかなか一気にすべてはフォローしきれないので、徐々に折にふれて紹介していくしかないようです。

　「Ｐｅｋｅ」は、当時の数少なかったマニア系コミック誌のひとつです。同じ年の「別冊奇想天外ＳＦマンガ大全集」を前に紹介しましたが、７８年はこの他に「コミックＪＵＮ」「プリティプリティ」などマニアックなまんが誌の創刊が目立ち始めた時期でした。（その後「ＳＦマンガ競作大全集」「アゲイン」などが続きます。エロ雑誌の世界ではちょうど三流エロ劇画ブームが到来していました）
　そのような時代の中で「Ｐｅｋｅ」だけが特別に重要なわけではないのですが、この頃の空気を伝えるものの代表として、また、みのり書房がこの時代に果たしていた役割の重要さを確認する意味でも、これをピックアップしてみました。

　また、ミニコミだったまんが情報誌「だっくす」（のちに「ぱふ」）が本格的に全国の書店に流通し始めたのも、この７８年です。まんがを「読む」だけではなく、語りたいという欲求を吸い上げる雑誌が、世の中に定着したのが、この１９７８年なのです。
　これは、まんがの受容のされ方の変化を物語る、象徴的なできごとといっていいでしょう。
　このような変化は、７０年代にじわじわと水面下で進んでいたものが、７８年頃になっていよいよ商業誌という表舞台に現われてきたものです。

　「少年マガジン」「少年ジャンプ」「少年チャンピオン」などのメジャー誌の世界とは別の、このようなマニアックなまんがの歴史を考える時には、７０年代をポスト「ＣＯＭ」状況ととらえると、いろいろなことが理解しやすくなります。（マニアックな才能を旺盛に取り込んでいた少女まんがの世界は、ここではおきます）
　かなり乱暴に図示すると、以下のようになります。

　　新人発掘に力を注いでいた「ＣＯＭ（こむ）」の休刊（７１年末）により、
　　同人まんが作家が表舞台を失う
　　　　↓
　　同人界に作家が溜まる
　　　　↓
　　同人界が自分たちで舞台を組織化し始める（７０年代半ば）
　　　　→コミケの開催
　　　　→メジャー系サークルの誕生
　　　　↓
　　様々な形で商業誌に進出し始める（７０年代後半〜８０年代前半）

　（この裏面では、ガロ系の「劇画派の歴史」も並行しています。７０年代前半に面白主義への転換により、やはり場を失った旧ガロ系の作家や予備軍は、「夜行」や「跋折羅」「漫画主義」などで細々と活動していきます）

　また、まんが評論という同人活動も７０年代に活発になります。この時代に「まんがを語る」ことにおいては、２４年組を中心にした少女まんが作品は重要な存在でした。そして、そのような同人活動の中から「迷宮」などを中心にしてコミックマーケットが企画され、その周辺の人たちが７０年代後半にはマイナー系コミック誌のムーブメントに関わっていくようになります。
　７８年頃というのは、ポスト「ＣＯＭ」状況によって溜まっていた創作・評論のパワーが、いよいよ商業誌という表舞台へ噴出し始めた時期だと考えることができます。
　このようなまとめ方は、当事者の方から見たら、もしかしたら異論があるかもしれません。そのあたりを正確に語るには、正直なところ私は力不足です。それには、５０年代生まれの当事者たちの証言をさらに聞かなければなりません。なにしろ、ポスト「ＣＯＭ」状況に関しては、同人界でのできごとが中心になりますから、当事者でない限りは正確なことはわからないのです。
　上にまとめた図式は、後から時代の空気を追っていった私の目から見えた歴史の流れです。
　ただ少なくとも、７０年代に活性化した「まんが同人界」というものを考えようとする時、とりあえずポスト「ＣＯＭ」という時代の区切りは、それなりに有効に機能するはずです。

　このような「表舞台への噴出」が可能になりつつあった状況の中で、７０年代後半に新しい感覚の作家が次々に登場し、新風を吹き込みます。大友克洋、高野文子に代表されるようなニューウェーブと呼ばれた人たちです。彼らの作品は、「ＣＯＭ」世代やそれを引きずる作家たちとは明らかに違う感覚を感じさせるもので、８０年代にかけて支持を広げていきました。並行してメジャー系（少年まんが）でも、鴨川つばめ、江口寿史などのマニアックな気質を感じさせる人たちが７０年代後半に活躍しており、高度成長時代のパワーを失った少年まんが界の中で、ギャグ系の作家の中に新しい才能が少しずつ目につくようになっていました。
　そんな空気の中へ、新人として「少年サンデー」にデビューしたのが高橋留美子だったのです。

　なんだか、１９７８年論というより、「若いおたくのための基礎教養講座」みたいになってきました。（笑）
　というわけで、次はようやく「うる星やつら」を取り上げます。